いわてウォッチング

  2006年1月号〜12月号

 

■ 岩手県立美術館 〜盛岡市〜 (2006年12月号)
■ 二戸市埋蔵文化センター 〜二戸市〜 (2006年11月号)
■ 農業科学博物館 〜北上市〜 (2006年10月号)
■ いちのせき文学の蔵 〜一関市〜 (2006年9月号)
■ 黒壁ガラス館 〜奥州市〜 (2006年8月号)

■ 釜石大観音 〜釜石市〜 (2006年7月号)
■ 光原社・マヂエル館 〜盛岡市〜 (2006年6月号)
■ いわて県民情報交流センター(アイーナ) 〜盛岡市〜 (2006年5月号)
■ 石割桜 〜盛岡市〜 (2006年4月号)
■ 盛岡ハリストス正教会 〜盛岡市〜 (2006年3月号)
■ 妙見山 黒石寺 〜水沢市〜 (2006年2月号)
■ 櫻山神社 〜盛岡市〜 (2006年1月号)

 

■ 岩手県立美術館 〜盛岡市〜

「岩手県立美術館」は、盛岡市本宮字松幅にあり、JR盛岡駅から車で約10分、盛岡駅の西側、新しい文化ゾーンである盛岡市中央公園に位置し、盛岡市先人記念館、子ども科学館に隣接した場所に建てられています。
 同美術館は、岩手における21世紀の新しい文化創造の拠点施設となることを目指し、平成13年10月に開館しました。
 建物は、白く、ゆるやかな曲線を描く鉄筋コンクリート2階建てで、延べ床面積は約1万3千平方メートルあり、西側の美術館玄関口では、舟越保武の彫刻「道東の四季―春―」が、雄大な岩手山をバックに来館者を迎えます。
 1階には、企画展示室、屋外展示スペース、アートスペース、ホール、スタジオ等があるほか、レストラン、ミュージアムショップも設置されています。
 2階には、萬鐵五郎展示室、松本竣介・舟越保武展示室、常設展示室があり、郷土作家の作品を中心に展示しているほか、来館者が利用できるライブラリー、映像ブースなどもあります。


(岩手経済研究2006年12月号で紹介) 

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■ 二戸市埋蔵文化財センター 〜二戸市〜


「二戸市埋蔵文化財センター」は、二戸市福岡字八幡下の市総合福祉センターの3階にあり、八戸自動車道一戸インターから車で15分、JR新幹線二戸駅から徒歩20分の距離に位置しています。
 同センターは、二戸市内約600カ所の遺跡から発掘調査によって発見された、縄文時代から江戸時代までの貴重な資料について復元・整理・分析を行い、その情報を広く公開することを目的として、今年4月に開設されました。同センターには、貴重な発掘資料を展示する展示室や、体験学習室などがあります。
 展示室は、縄文時代から弥生・古墳時代を経て、平安・鎌倉そして中世最後の舞台となる九戸城まで、おおむね通史による展示構成となっています。縄文時代関連の展示では、雨滝遺跡から出土した遮光器土偶や、上杉沢遺跡から出土した国内最大級のクマ形土製品などが展示されています。九戸城関連の展示では、九戸城本丸東側土塁断面の実物や同城跡模型などが展示され、また、九戸城が豊臣秀吉の奥州再仕置きにより落城、盛岡城が本城となった後に廃城となった歴史などを学ぶことができます。
 体験学習室では、土器づくりなどの実際の体験を通じて、地域の歴史や埋蔵文化財に関心や親しみをもってもらうことを目的とした企画が催されています。参加される方は、事前の申込が必要です。

(岩手経済研究2006年11月号で紹介) 

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■ 農業科学博物館 〜北上市〜


「農業科学博物館」は、北上市飯豊にあり、東北本線村崎野駅より車で約15分、東北自動車道花巻南ICより車で約8分の距離に位置しています。
 同館は、岩手県立農業ふれあい公園の一角に、岩手の農業について楽しく体感できる施設として平成10年6月にオープンしました。
 館内は、「農業れきし館」と、「農業かがく館」の二つの展示室に分かれています。
 「農業れきし館」では、昭和40年代まで使用された農機具や生活用具などの展示、岩手の農業の発展に尽くした人物の展示等をとおして岩手の農業の歴史と農村生活の移りかわりを知ることができます。
 「農業かがく館」では、田んぼの世界や牛のからだなどをイメージした展示物に実際に触れる体験やクイズをとおして、農業の科学的な側面や現在の岩手の農業について学ぶことができます。
 同館では、年3回の企画展が行われているほか、収蔵室には農業に関する貴重な資料約4,000点が収蔵されており、希望者は申し出れば見学することができます。

(岩手経済研究2006年10月号で紹介) 

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■ いちのせき文学の蔵 〜一関市〜


 
 「いちのせき文学の蔵」は一関市田村町にあり、JR一関駅から徒歩10分の距離に位置し、「世嬉の一酒の民族文化博物館」の建物の中に設置されています。
 
一関は、藩政時代からの学問・文芸の伝統や、大勢の文人が平泉を訪れた際に一関に逗留し、市民と交流を深めてきた歴史などから、これまで、地方都市としては異例といえるほど多くの文学者を輩出してきました。これら一関ゆかりの文学者を顕彰し、併せて「こころのまちおこし」の拠点とすることを目的として、1989
年に有志により文学の蔵設立委員会がつくられました。そして、本年4月22日、待望久しい「いちのせき文学の蔵」が開設されました。
 
文学の蔵の広さは約30
平方bで、島崎藤村や井上ひさしさん、故色川武大(阿佐田哲也)さん、三好京三さん、及川和男さん、中津文彦さんなど一関ゆかりの、あるいは一関出身の文学者12人の作品や写真など貴重な資料約500点を展示しているほか、一関に関係のある文学者約20人の小説など約200点を展示しています。
 
文学の蔵が設置されている世嬉の一酒造の敷地は、多くの文学者にとってゆかりの地となっています。ここには、かつて東北有数の酒造家「熊文」があり、まだ無名の藤村が半年ほど寄寓し、「熊文」の子弟に英語を教えました。また、井上ひさしさんは戦後まもなく、一家とともに敷地内の土蔵に仮住まいをしていたことがあります。
 
敷地内には藤村をしのぶ文学碑や神社が点在し、訪れた人は小さな文学散歩を楽しむことができます。


(岩手経済研究2006年9月号で紹介) 

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■ 黒壁ガラス館 〜奥州市〜


 
 「黒壁ガラス館」は、蔵を活用した町並み整備を行っていることで知られる奥州市江刺区中町にあり、東北新幹線水沢江刺駅より車で7分、東北自動車道水沢ICより車で約12分の距離に位置しています。
 同館は、当地に数多く残る蔵を活用したまちづくりの中核施設として、平成10年4月にオープンしました。
 館内には、アクセサリー、優美なグラスウェア、食器や伝統工芸品など、国内外から集められた数多くの魅力的なガラス製品やオルゴール製品、雑貨などが展示されています。また、同館にはガラス工房が併設されており、ガラス作品の製作実演を見学することができます。
 また、同館では体験教室も開催されています。手作りオルゴールの製作や吹きガラスの製作、サンドブラスト(コップにすりガラス状の絵付けをするもの)による自分だけのオリジナルグラスの製作が体験できます。
 同館の周辺には、現在も100棟以上の蔵が残されており、蔵が軒を連ねている風景は訪れる人の心を和ませてくれます。
 

 (岩手経済研究2006年8月号で紹介) 

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■ 釜石大観音 〜釜石市〜


  
  釜石大観音は釜石市大平町鎌崎半島にあり、釜石市内から車で10分ほどの距離に位置しています。
  釜石大観音は、1970年(昭和45年)に市内の明峰山石応禅寺によって、観音菩薩の慈愛により幽明両界の苦悩する人々を救うとともに、世界平和を祈願することを趣旨として建立されました。
  釜石港を見守るように建つ純白の大観音は、全長48.5メートルの鉄筋コンクリート製で、胸元に魚を抱く魚籃観音です。大観音の内部は13階に分かれ、拝殿、三十三観音安置室などのある13階を経て、410階は七福神胎内巡り、そして1112階は観音様の抱く魚の上に出る魚籃展望台となっています。
  海抜120メートルの高さにある魚籃展望台からは左に馬田岬、右に尾崎半島が見渡せ釜石港の美しい景観が一望できます
 
大観音のとなりには、1975年(昭和50年)にスリランカから敬贈された仏舎利(お釈迦様のご遺骨)を安置する仏舎利塔があります。仏舎利塔は荘厳な白亜の殿堂で、伝統的なインド・スリランカ様式で建立されています。
  慈愛に満ちた大観音の姿は、釜石湾内のいたるところから見ることができ、鉄と魚の町・釜石のシンボルとして広く市民に親しまれています。

 (岩手経済研究2006年7月号で紹介) 

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■ 光原社・マヂエル館 〜盛岡市〜

「光原社・マヂエル館」は、宮澤賢治の世界をテーマに街路整備を行ったことで知られる盛岡市材木町商店街にあり、JR盛岡駅から徒歩で約10分の距離に位置しています。
 同館は、宮澤賢治が大正13年(1924年)に発行した童話集「注文の多い料理店」の出版元である光原社の一角に、宮澤賢治ゆかりの資料を展示する施設として平成18年4月にオープンしました。
 館内には、「注文の多い料理店」の初版本や宣伝用のチラシなどが展示されているほか、「永訣の朝」、「風の又三郎」などのオリジナル原稿の複製や「雨ニモ負ケズ」の草稿を書きとめた手帳の複刻、光原社の創業者・及川四郎と賢治との交際を通じて残された賢治直筆の浮世絵販売の解説や広告文案など、貴重な資料が展示されています。
 マヂエル館のある光原社の敷地内には、 喫茶店や国内外の民芸品を扱う工芸店のほか、マヂエル館の名前の由来である賢治の童話「烏の北斗七星(マヂエルという名前の星が登場する)」の一節を刻んだ石柱や、「注文の多い料理店」出版の記念碑が建てられており、私たちを賢治の世界へと誘います。

 (岩手経済研究2006年6月号で紹介) 

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■ いわて県民情報交流センター(アイーナ) 〜盛岡市〜

いわて県民情報交流センター(愛称・アイーナ)」は、盛岡駅西口に本年4月1日に開館したばかりの、地上9階、地下1階、延べ床面積4万6千平方bにおよぶ、総ガラス張りの斬新なデザインの大規模複合施設です。
 アイーナは、2003年3月に着工され、約2年半の工事の後、昨年9月に完成しました。建物には、自然エネルギーを最大限に生かす工夫が取り入れられ、さらに、障害者や高齢者などの方々に配慮したユニバーサルデザインが随所に採用されています。
 
1・2階には、盛岡運転免許センター、岩手県パスポートセンターなどの行政サービス施設が配置されています。
 
3・4階には、同市内丸地区から移転した岩手県立図書館や、岩手県立視聴覚障害者情報センターなどが配置されています。
 
5・6階には、国際交流センター、環境学習交流センター、NPO活動交流センター、青少年活動交流センター、男女共同参画センター、高齢者活動交流プラザ、子育てサポートセンターから成る、県民や関係団体の方々が活動・交流・連携する県民活動交流センターが配置されています。
 
7・8階には、約500人収用可能なアイーナホール、会議室などの貸出施設のほかに、岩手県立大学アイーナキャンパスが配置されています。
 
アイーナの南側には複合ビル・マリオスが隣接し、アイーナを含むこの一帯は本県の文化・交流の拠点として、益々その機能を充実させていくことが期待されます。


 (岩手経済研究2006年5月号で紹介) 

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■ 石割桜  〜盛岡市〜

 


  巨大な石の割れ目から、樹齢約350年前後と推定される老木が絵のように花開く「石割桜」は、盛岡市中心部の官庁街の一角、盛岡地方裁判所の正面玄関前庭にどっしりと存在感に溢れ、盛岡の街の移り変わりを見守り続けています。
 石割桜のあるこの場所は、かつて盛岡藩主南部家の家老であった北家の屋敷があったとされ、その庭石の割れ目に桜の種子が落ち込んで芽を出し、生育につれ石の割れ目を押し広げてきたといわれています。大正12年(1923)、国の天然記念物に指定されています。
 石割桜は、周囲21メートルともいわれる巨大な花崗岩を真っ二つに割って逞しい幹を伸ばして咲くエドヒガンです。今では幹の周囲4.6メートル、樹高10.8メートル、枝の張りは東西に17メートル、南北に12.8メートルという見事な大木です。
 昭和7年(1932)、裁判所が火災に見舞われた時、庭師の藤村治太郎翁が身に着けていた半纏を水で濡らし、濡れた石で足を滑らせ怪我をしながらも石割桜を守ったという話が今も語り継がれ、庭師の石割桜を思う心とともに、市民に大切に守り育てられてきました。
 毎年、石割桜の雪囲いの作業風景が、季節の移り変わりを実感させる城下町・盛岡の風物詩として話題になります。厳しい冬から春の陽射しの中で雪囲いを外す庭師の仕事風景は、待ちわびた北国の桜の咲く季節の到来を告げています。
 石割桜の開花は4月中旬〜下旬頃、盛岡市内では一番早いといわれていますが、もうすぐ春爛漫、桜の季節を迎えます。
      
 (岩手経済研究2006年4月号で紹介) 

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■ 盛岡ハリストス正教会 〜盛岡市〜


 「盛岡ハリストス正教会(十字架挙栄聖堂)」は盛岡市高松一丁目にあり、桜の名所として知られる高松の池に程近い高台に位置しています
 同教会は、全世界に約2億人の信徒を持つ「(東方)正教会」に所属する「日本ハリストス正教会」の、岩手、青森、秋田における中心的教会です。「日本ハリストス正教会」の本山は東京神田駿河台にある「東京復活大聖堂」で、ニコライ堂の愛称で親しまれています。
 「盛岡ハリストス正教会」の歴史は明治10年(1877年)に盛岡市加賀野にあった旧武家屋敷を教会堂として買い取り、「聖十字架会堂」としたのが始まりとされています。その歩みは平坦ではなく、ロシア革命により信徒が激減したり、第二次世界大戦中には宗教的迫害を受けたりと苦難の道をたどりましたが、管轄司祭が絶えることはなく、伝道活動が続けられました。昭和35年(1960年)に「聖十字架会堂」の老朽化を受け、高松の地に新聖堂「十字架挙栄聖堂」が建立され現在に至っています。
 教会堂はビザンチン様式で建築され、高々と十字架を掲げた緑色のトンガリ屋根が印象的で、大きな鐘楼からは組鐘の美しい音色が響き渡ります。教会堂の内部は、ハリストス(ギリシャ語でキリスト)のイコン(聖像)が飾られ、神々しい雰囲気に包まれています。
 毎週日曜日午前10時からの祈祷時間には、信者以外の方でも教会堂内部に入ることができます。平日は、事前に連絡をすれば見学できます。
     
    (岩手経済研究2006年3月号で紹介) 

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■ 妙見山 黒石寺 〜水沢市〜

「妙見山黒石寺」は、水沢市の黒石町にあり、JR東北新幹線水沢江刺駅から国道343号線を陸前高田方面へ車で約15分、東北自動車道・平泉前沢ICからは車で約20分の距離にあります。
 黒石寺は、天平元年(729年)に、行基菩薩によって開かれた天台宗の古刹で、このあたりにある黒い石(蛇紋岩)と妙見宮のあったことから、山号を「妙見山」、寺を「黒石寺」と称するようになりました。江刺三十三観音とともに奥州三十三観音の霊場として多くの信者を集めています。
  また、黒石寺には、貞観四年(862年)作の本尊薬師如来坐像(国指定重要文化財)や、平泉二代・藤原基衡が寄進したとされる日光、月光菩薩立像(ともに県指定文化財)などの貴重な仏像群が多数保存されています。
 新年を迎えた黒石寺では、2月4日から5日(毎年旧暦の1月7日から8日)にかけて、岩手の数ある蘇民祭のなかでも最も規模が大きく歴史が古いといわれる「黒石寺蘇民祭」が行われます。災厄消除、五穀豊穣を祈願して、裸参りに始まり、柴燈木登り(ひたきのぼり)、別当登り(べっとうのぼり)、鬼子登り(おにこのぼり)と夜を徹して行われます。祭りの翌日未明には護符が入った蘇民袋の争奪戦が行われ、護符や蘇民袋の切り裂かれたものを持っている者は、災厄を免れるといわれています。

      (岩手経済研究2006年2月号で紹介) 

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■ 櫻山神社 〜盛岡市〜

  

 「桜山さん」の愛称で親しまれている櫻山神社は、盛岡駅から車で10分、徒歩で20分、商店街の賑わいと城下町の情緒を兼ね備えた盛岡市の中心部に位置し、盛岡城址として広く知られる岩手公園の入り口に隣接しています。
 新年を迎えた櫻山神社の境内は、多くの初詣での人々で賑わいを見せ、破魔矢やおみくじ、縁起物を買い求める参拝客に、正月の風情がひときわ感じられます。 櫻山神社は、盛岡藩の総鎮守として篤く信仰されてきた神社です。寛延二年(1749)に盛岡藩主三十三代南部利視公が、二十六代南部信直公の遺徳を偲び、盛岡城内の淡路丸に勧請したのが始まりで、淡路丸大明神と呼ばれていました。後に文化九年(1812)に藩主三十六代南部利敬公が、この地に因み櫻山神社と改めたといわれています。明治維新後、幾度か移転したのち、明治三十三年(1900)に現在地に遷座し、「桜山さん」と呼ばれ広く市民に親しまれています。
 櫻山神社の周辺には、城下町・盛岡の歴史的景観が今も残されています。神社を参拝し石垣に囲まれた岩手公園を散策すると、城下町の往時を偲ばせる四季折々の風情を味わうことができます。
 やがて小正月が過ぎると、櫻山神社では毎年1月26日、冬の祭り「裸詣り」が行われます。しめ縄を背に、晒しにけんだいわらを垂れた姿の男衆が、凍える大地を草鞋で踏みしめ練り歩き、神社に参拝し一年間の無病息災、五穀豊穣、厄払いを祈願する厳寒の伝統行事です。
      (岩手経済研究2006年1月号で紹介) 

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