いわてウォッチング

2007年1月号〜


■ 岩鋳鉄器館 〜盛岡市〜   (2007年12月号)
■ 南昌荘 〜盛岡市〜   (2007年11月号)
■ 盛岡市動物公園 〜盛岡市〜   (2007年10月号)
■ 花巻新渡戸記念館 〜花巻市〜   (2007年9月号)
■ 盛岡市先人記念館 〜盛岡市〜   (2007年8月号)
■ 奥州市立後藤新平記念館 〜奥州市〜   (2007年7月号)
■ もぐらんぴあ 〜久慈市〜   (2007年6月号)
■ 小野染彩所展示資料室 〜盛岡市〜   (2007年5月号)
■ 高野長英記念館 〜奥州市〜   (2007年4月号)
■ 北上市立博物館・みちのく民俗村 〜北上市〜   (2007年3月号)
■ 盛岡市中央公民館・郷土資料展示室 〜盛岡市〜   (2007年2月号)
■ 遠野市立とおの昔話村 〜遠野市〜   (2007年1月号)

 

■ 岩鋳鉄器館 〜盛岡市〜


 
 

 「岩鋳鉄器館」(岩鋳キャスティングワークス)は盛岡市南仙北にあり、JR盛岡駅から約5km、東北自動車道盛岡南ICから約4kmの場所に建てられています。
 当館は、株式会社岩鋳が製造・販売している伝統の意匠「南部鉄器」の展示ギャラリーと、実際の作業工程を見学できるテーマパーク型工場です。
 当館のエントランスホールには、容量三八〇gの世界一大きい南部鉄瓶や南部ジャンボ鍋が展示されており、館内に入ると巨大な南部鉄器に目を奪われます。中に進むと「お祭りコーナー」があり、「盛岡八幡宮秋祭り」や「チャグチャグ馬コ」、「さんさ踊り」など盛岡を代表するお祭りが紹介・展示されています。
 展示ギャラリーには、伝統と技が息づく南部鉄器の「ショーコーナー」が設置され、伝統工芸師の作品が展示されています。
 作業コーナーでは、実際に職人が作業している様子を見学することができ、南部鉄器ができ上がるまでの工程(@デザインと挽型の製作A鋳型の製作B文様捺しC鋳型の組み立てD鋳込みE型出し、砂落としF着色G完成など)を知ることができます。
 岩鋳は、明治三十五年の創業以来、江戸時代から伝わる南部鉄器の伝統の技を守り継承すると共に、新しい伝統の創造にも取り組み、当社で製造される南部鉄器製品は国内はもとより欧州など海外へも輸出され、愛用されています。

(岩手経済研究2007年12月号で紹介)

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■ 南昌荘 〜盛岡市〜


 
 

 盛岡市保護庭園・保存建造物「南昌荘」は盛岡市清水町にあり、盛岡市の中心部から徒歩で約10分、JR盛岡駅から徒歩で約20分の場所にあります。
 南昌荘は、盛岡出身の実業家瀬川安五郎氏が明治18年頃に邸宅として建て、築庭も数年かけて完成し、盛岡の数少ない明治の邸宅・名園として今日に残っています。
 明治・大正・昭和・平成と、ほぼ120年の間に所有者が次々変わる中で、その社会変化を反映し、今日の姿に継承されています。
 現在の南昌荘は、2000年4月に公開され、建物・庭園を観覧できるほか、各種展示会や会合、撮影、お茶会等に利用されています。また、建物は、2005年に盛岡市の保存建造物に指定されました。
 敷地面積1,100坪、建物面積170坪の広大な邸宅ですが、中でも庭園は京都の仙洞御所を模して築庭されたといわれ、趣のあるたたずまいは、四季折々の美しさで、見る人々の心を和ませています。

(岩手経済研究2007年11月号で紹介)

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■ 盛岡市動物公園 〜盛岡市〜


 
 

 盛岡市動物公園は、盛岡市中心部から東方向に約q、車で約15分ほどの盛岡市新庄字下八木田にあり、自然に恵まれた岩山公園に隣接しています。
 当動物公園は、平成元年4月、盛岡市制百周年を記念して開園、園内は約37ヘクタールの広い敷地内に、ほ乳類、鳥類合わせて約100種600頭羽の動物が飼育されており、園内を順路に従って歩くと距離が約2.5q、およそ1時間半ほどで一周できる行程となっています。
 園内には、いろいろなゾーンや広場、展示場があり、「日本生態園」や、「鳥類ゾーン」には郷土の動物が飼育展示され、人気の「アフリカ園」ではゾウやキリン、ライオンなどがゆったりと暮らしている光景が見られます。また、「こどもどうぶつえん」では、子供達がウサギやヤギ、ヒツジ等とふれあい、ポニーの乗馬等を楽しむことができます。
 このように当動物公園は、動物たちとふれあい、自然の中を散策して、ゆったりと過ごせる場所として、また家族ぐるみのレクリエーションの場所として市民に親しまれています。

(岩手経済研究2007年10月号で紹介)

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■ 花巻新渡戸記念館 〜花巻市〜


 
 花巻新渡戸記念館は花巻市高松にあり、花巻市中心部から約5q、国道4号線から国道283号線に入り、車で約10分の場所に建てられています。近くには宮沢賢治記念館があります。
 当記念館は、国際人・教育者として活躍した新渡戸稲造の先祖である新渡戸氏と、稲造とかかわりのあった花巻の先人を広く紹介するため、新渡戸氏ゆかりの地整備事業として花巻市が平成3年10月10日に開館したものです。
 新渡戸氏は、当記念館の建設地である高松の地に、八代にわたり約230年間居住し、代々新田開発など地域開発に貢献しました。また、稲造の祖父・伝と父・十次郎は、十和田市の生みの親といわれ、三本木平の開発を成し遂げ、こうした縁から花巻市と十和田市は平成元年10月10日、友好都市を締結しています。
 記念館前には新渡戸氏先祖の墓地のある公園があり、また、裏手には新渡戸氏の氏神・安野稲荷神社が祀られています。記念館の周りには水田が広がり、遠く奥羽の山並みを望む景観が印象的です。
(岩手経済研究2007年9月号で紹介)

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■ 盛岡市先人記念館 〜盛岡市〜


 
 盛岡市先人記念館は盛岡駅から南西方向に約2q、車で約10分ほどの盛岡市本宮字蛇屋敷にあり、近くには子ども科学館や原敬記念館などの施設があります。
 当記念館は、盛岡市制100周年を記念して昭和62年10月に開館し、郷土の豊かな精神文化の礎を築いた多くのすぐれた先人を顕彰し、遺徳を偲び、それぞれの偉大な人間形成の過程を学ぶとともに、多くの人材を輩出した盛岡を広く紹介しようという設立趣旨のもと、明治期以降に活躍した盛岡ゆかりの先人130人を紹介した人物博物館です。
 展示室は、1階には国際人・教育者として活躍した「新渡戸稲造」、海軍大臣として太平洋戦争の終結に尽力した「米内光政」、国語辞典・教科書の編集やアイヌ民族の叙事詩「ユーカラ」の研究に情熱を注いだ「金田一京助」の3つの記念室があります。
 また2階には総合展示室があり、政治・経済・学術・芸術とあらゆる分野にわたって、主に明治期以降、盛岡の社会的基盤づくりと発展に尽くした人々を歴史の流れを背景として展示・紹介しています。

(岩手経済研究2007年8月号で紹介)

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■ 奥州市立後藤新平記念館 〜奥州市〜


 
 「奥州市立後藤新平記念館」は、奥州市水沢区大手町にあり、市中心部にある奥州市役所の斜め向かいに位置しています。
 本館は、満鉄総裁・内相・外相・東京市長などを歴任した後藤新平を顕彰する記念館であり、昭和53年9月7日に開館、後藤新平の遺品や関係資料を収蔵・展示しています。
 後藤新平は、1857年(安政4年)現在の奥州市に生まれ、18歳で福島県須賀川医学校に学び、卒業後、愛知県病院の医師となり、25歳で同病院長兼愛知医学校長に任ぜられました。その後、内務省に入り、自費でドイツに留学、台湾総督府民政長官、初代満鉄総裁を経て、明治41年に初めて大臣となり、逓信・内務・外務大臣として活躍しました。
 大正9年、東京市長になり、国家総予算15億円のとき、東京を近代都市化するため、8億円もの計画を立てたことから、「大風呂敷」の異名をとりました。
 東京市長辞任後、大正12年に関東大震災が起こり、後藤新平は帝都復興院総裁として東京の復興にあたり、この時、世界で初めて区画整理を基本とする都市計画を推進しました。この業績は、現在の昭和通りなどにその名残りを留めています。このように後藤新平は単なる大風呂敷ではなく、実態調査、計画、実行の合理性をもって実践した政治家であり、後世に高い評価を受けています。
(岩手経済研究2007年7月号で紹介)

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■ もぐらんぴあ 〜久慈市〜


 

 

「石油文化ホール・久慈市地下水族科学館(もぐらんぴあ)」は、久慈市侍浜町麦生にあり、久慈駅から北東に約6q、久慈湾北部の半崎地区に位置しています。
  当館は、石油備蓄基地のトンネルを使った全国で初めての地下利用施設で、日本地下石油備蓄株式会社が設立した「石油文化ホール」と久慈市が設立した「地下水族科学館」の2つの施設から構成されており、平成6年4月に開館し、久慈市が運営・管理しています。
  石油文化ホールでは、トンネル掘削の発破体験や久慈国家石油備蓄基地のしくみ、石油に関する知識、地球と生命の歴史などを紹介しています。
  また地下水族科学館には、お客様が直接魚に餌付けができる「ふれあい水槽」や海の中を散歩しているような錯覚にとらわれる「トンネル水槽」、美しい熱帯魚が泳ぐ「サンゴの海」、毎月水槽のテーマが変わる「毎月チェンジ水槽」などが設置されています。
  久慈国家石油備蓄基地は175万キロリットルの原油が備蓄できますが、これは全国消費量の約3日分、県内消費量の約1年分に相当します。
(岩手経済研究2007年6月号で紹介)

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■ 小野染彩所展示資料室 〜盛岡市〜


 

 

 小野染彩所展示資料室は盛岡市材木町にあり、JR盛岡駅から徒歩で約10分、夕顔瀬橋際に建てられている 蛭子 ( えびす ) 屋小野染彩所の京風町屋造りの店舗2階に設けられています。
 
数百年前の工芸南部の伝統を知ることができる貴重な展示室となっています。
 小野染彩所は、南部藩政時代から現在の蛭子屋17代目当主まで受け継がれている「型染」(南部古代型染)を制作しております。
 「南部古代型染」の由来は、室町時代に発生したと考えられる「型染」とされています。「型染」は武将の旗指物や馬印、幕張などに紋章を染め出すことから始まったといわれています。各武将の領地にはそれぞれ独自の模様をもった「型染」があり、こうした中で、武田家の一族であった南部家の染師「蛭子屋」は、南部発祥の地である甲州南部郷(山梨県)以来、型染師としては最も古い歴史を持っています。
 
南部藩では寛永(1624年〜)のころ、御用染師として蛭子屋三右衛門を京都から呼び、南部家の家紋である向い鶴をはじめ小菊、牡丹などの型紙を使い、裃や小袖などの生地を染めさせていたといわれていますが、「南部古代型染」の名称で呼ばれるようになったのは、蛭子屋16代当主が家伝の型染を現代の生活に再現し実用化した昭和25年ごろからといわれています。
(岩手経済研究2007年5月号で紹介)

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■ 高野長英記念館 〜奥州市〜


 

 「高野長英記念館」は、奥州市水沢区中上野町にあり、JR東北本線水沢駅から徒歩で約10分、水沢公園の一角にあり、樹齢350年を越える桜の木立ちの中に静かな ( たたず ) まいをみせています。
 当記念館は、幕末の蘭学者高野長英の遺品・資料を研究する学習の場として、昭和46年11月に開館しました。
 建物は、鉄筋高床式平屋建432uあり、長英が「 蛮社 ( ばんしゃ ) ( ごく ) 」で投獄された江戸小伝馬町の獄舎を彷彿とさせる造りになっています。前庭には、明治31年の復権後(正四位授与)に建てられた顕彰碑があり、訪れる人を迎えています。館内には、長英を知る上で重要な手がかりになる江戸、長崎からの手紙や「 医原 ( いげん ) 枢要 ( すうよう ) 」「 救荒二物考 ( きゅうこうにぶつこう ) 」「砲家必読」などの著書を中心に約200点の関係資料が年代順に展示されています。幕末にあって日本がまだ鎖国をしていた時に世界的視野を持ち、近代日本の夜明けのために生涯を捧げ、時代を駆け抜けて行った長英の波瀾の人生を知ることができます。
 平成8年には、収蔵品58点が国の重要文化財に指定され、また、平成10年にホームページを開設し、広く情報を発信するとともに、記念館を訪れる児童生徒の学習にも利用されています。
(岩手経済研究2007年4月号で紹介)

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■ 北上市立博物館・みちのく民俗村 〜北上市〜


 


 「北上市立博物館・みちのく民俗村」は、北上市立花にあり、桜並木で有名な市立公園「展勝地」内に建てられています。
 「北上市立博物館」は、北上川と北上山地を中心に生きた人々の歴史と、北上周辺の自然を学習することを目的として建設され、昭和48年に開館しました。
 当館に隣接する「みちのく民俗村」は敷地7万u内に北上川流域の古民家や歴史的建造物等を復元・保存し、野外博物館構想のもと、10年の歳月をかけて平成4年に完成しました。
 博物館内には、北上川とその流域に生きた人々のテーマに沿った歴史展示、北上周辺の自然科学展示、地質展示の3つのコーナーがあり、南部・伊達藩境を記した絵図面や藩政期の北上川水運資料、アケボノゾウの足跡やミズホクジラの化石など貴重な資料が展示されています。
 民俗村には、江戸時代の南部曲り家(矢巾町)、旧伊達領大肝入の住宅と門(北上市・国指定重要文化財)、江戸時代末期の商家(奥州市江刺区)、豪雪地帯の民家(西和賀町)、民俗資料館(旧黒沢尻高等女学校旧校舎・国登録文化財)、消防資料館(北上市)などの建物が公開され、見学することができます。また、敷地内に南部・伊達の藩境が通っていて藩境塚が残されています。

(岩手経済研究2007年3月号で紹介)

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■ 盛岡市中央公民館・郷土資料展示室 〜盛岡市〜


 

 盛岡市中央公民館は、盛岡市愛宕町にあり、盛岡市の中心部から約2q、JR盛岡駅から車で約10分の場所にあります。
  中央公民館のある場所は、今から約350年前、江戸時代前期に盛岡城で使用する薬草を栽培していたため「御薬園」と呼ばれていました。現在の木造の建物と庭園は、明治41年に南部伯爵家別邸として新築造園されたものです。昭和30年以降、別邸は盛岡市の公民館施設として使用され、昭和55年に現在の中央公民館建設の際、建物の一部を残し増改築され現在に至っています。
  公民館の中には南部家の名品、城下町盛岡の歴史資料を展示した「郷土資料展示室」があります。
  「郷土資料展示室」は、3つの展示室に分かれています。第1展示室には「城下町盛岡のあゆみ」、「城下町の生活と文化」のコーナーがあり、盛岡の歴史を紹介しています。第2展示室には「盛岡の文化財」コーナーがあり、旧藩主南部家に伝わった調度工芸品、南部氏の由緒を物語る文献などが展示されています。第3展示室には「ふるさとの歳時記」コーナーがあり、盛岡とその周辺の祭り・年中行事等が分かりやすく展示されています。
(岩手経済研究2007年2月号で紹介)

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■ 遠野市立とおの昔話村 〜遠野市〜


 
 

「遠野市立とおの昔話村」は、遠野市中央通りにあり、JR釜石線遠野駅から徒歩8分程の場所に位置しています。
    当村は、遠野市立博物館の分館として昭和61年4月に開村しました。
    村内には、柳田国男が宿泊した旅館を移築した「柳翁宿(りゅうおうじゅく)」、多くの昔話を集めた「物語蔵(ものがたりぐら)」、「旧柳田国男隠居所」、「遠野昔話資料館」、「遠野物産館」などがあります。
    柳翁宿は、遠野市内にあった旧高善旅館を移築したもので、明治、大正、昭和にわたり、遠野を代表する旅籠屋として知られており、柳田国男や折口信夫、ネフスキー等が宿泊し、民俗学調査の拠点となった宿として、明治から大正初期頃の状態に再現されています。
    物語蔵は、座敷ワラシ等の遠野地方に語りつがれた昔話が収められ、切り絵やイラスト・映像などを使った昔話ボックスやスクリーンが設置されています。
    遠野昔話資料館は、昔話の歴史や広がりを「遠野の昔話探訪」、「日本の昔話研究」、「昔話の変遷」、「昔話に見る比較文化」の4つのコーナーで展示紹介しています。
(岩手経済研究2007年1月号で紹介)

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